「1. 野外環境での寄生虫と宿主の相互作用」、「2. 寄生虫の感染を規定する要因」、「3. 寄生虫同士の相互作用」について、サケ科魚類に寄生するヤマメナガクビムシ類 (Salmincola 属) を対象に研究を進めています。具体的には以下のようなテーマに取り組んでいます。
イワナの口に寄生するナガクビムシ
イワナに寄生するナガクビムシのメス。オスの体は小さいため、肉眼で見るのは難しい。
1. 寄生虫の分布や個体群を制限する要因の解明
川や海に生息する寄生虫の多くは、生活史の初期のわずかな期間(多くは数日の間)に宿主に寄生します。そのような期間は遊泳能力が低いため、寄生を完了させることは大変難しいはずです。その上、特定の種類の宿主だけを利用する寄生虫は、限られた期間の中で、最適な宿主を見つける必要があります。
ヤマメナガクビムシの仲間も遊泳能力の低い浮遊幼生期間を持つ寄生虫です。浮遊幼生の大きさはたった0.6-0.7 mmであり、その寿命はわずか2-5日です。宿主特異性も強く、例えばミヤマナガクビムシ Salmincola markewitschi は基本的にイワナの仲間にだけ寄生します。こうした一見不合理な特徴にもかかわらず、流れの速い渓流域では、ナガクビムシはきちんと宿主に寄生し、繁殖して集団を維持しています。
私たちは、海へ降って大きく成長した回遊型のイワナが高確率で寄生され、寄生しているナガクビムシの数も多いことを発見しました (写真 1, 2)。また、回遊型が遡上できない砂防ダムの上流では、顕著に寄生率が低く、1年を通して寄生が見られない地点があることを発見しました (写真3)。これらの結果は、産卵のために下流から上流へ移動する回遊型の移動がナガクビムシの個体群維持に極めて重要であることを示唆します (Hasegawa & Koizumi 2021 Ecol. Res.)。
より大きな地理的スケールでは寄生率が河川間で大きく異なることから、回遊型の存在だけでなく、他にもたくさんの要因が複雑に彼らの寄生と個体群動態を規定していると考えています (Hasegawa et al. 2022 Parasitol. Inter.)。現在、私たちは野外河川でイワナを1匹ずつ個体識別して追跡することで、ナガクビムシの寄生がどのように制限され、どのような時に寄生が起きやすいのか調べています (Hasegawa et al. in review)。また複数の季節で調査することで、彼らの生活史の全貌を明らかにしようとしています (Hasegawa & Koizumi 2024 Zool. Sci.)。
写真1. 海へ降って大きく成長した回遊型のイワナ
写真2.
回遊型のイワナに寄生するナガクビムシ
写真3. 魚の遡上を阻む砂防ダム。この砂防ダムの下流側の寄生率は30%前後なのに対し、上流側は0%である
写真4. 調査地の1つ、G沢。流れが速い瀬と淵が連続する典型的な渓流の構造
2. 寄生虫が宿主に与える影響
一般に寄生虫は宿主の栄養を搾取し、宿主の成長や生存に悪影響を与える存在として知られています。しかし、実際に寄生が「どのような生理・行動メカニズムを介し、宿主の適応度(成長や生存)にどの程度の影響を与えているか」は、一部の分類群をのぞいてよくわかっていません。また、野外では寄生率が低く抑えられる傾向があることから、宿主への害が認められない場合も多く報告されています。
ヤマメナガクビムシの仲間は、古くから養殖場や水族館などで宿主であるサケ科魚類に発生する病害虫として知られています。彼らの寄生は宿主のエラや口を傷つけ 、食欲を低下させ、最悪の場合、宿主を死に至らせる場合があることも知られています。しかし、野外河川における宿主との相互作用に関しては驚くほど報告がありません。そして数少ない報告の多くも「野外ではナガクビムシ類は宿主に悪影響を与えない」と結論づけています 。
私たちは、北海道の二つの地域(道南・道東)に生息する2種のナガクビムシの寄生が宿主に与える影響を調べました。道南にはイワナの口に寄生するSalmincola markewitschi が、道東にはオショロコマのエラに寄生するSalmincola edwardsiiが生息しています。調査の結果、どちらの地域でも寄生された宿主の体重(肥満度)が減少することを発見しました (Hasegawa et al. 2022 Parasitol. Inter., Hasegawa & Koizumi 2024 Zool. Sci.)。体重はその個体が持つエネルギー量を間接的に表すことから、成長や生存にも影響を大きく影響している可能性があります。さらに、胃内容物分析や釣られやすさを利用した野外調査によって、ヤマメナガクビムシ類が、宿主の摂餌行動などを変化させていることもわかってきました(Hasegawa & Koizumi 2023 Sci. Nat.; Hasegawa & Koizumi 2024 Freshw. Biol.)。
実際にどのようなメカニズムで体重の低下が起こるのか明らかにするために、現在、継続して野外調査と飼育実験(Murakami et al., 2024)に取り組んでいます。またこのような体重の低下は、生活史の意思決定や繁殖行動など様々な生態に影響している可能性があります。ナガクビムシの寄生が間接的に他の寄生虫の寄生に影響している可能性についても興味があります。
ナガクビムシに寄生されていないイワナ(上)と寄生されて痩せたイワナ (下)
ナガクビムシに寄生されたイワナ。このように体が小さい宿主個体は口も小さいため、1匹のナガクビムシが寄生しただけで口がほぼ塞がってしまっている
3. 寄生虫間相互作用
これまでの多くの研究では、1種の寄生虫ー1種の宿主の相互作用を調べた研究が多いですが、むしろ複数種の寄生虫が1種の宿主に寄生していることの方が自然界では普通です。そして同一の宿主に寄生した寄生虫は、互いに影響を及ぼし合っていることがわかってきています。たとえば、寄生虫は宿主の上で、場所や餌をめぐって競争したり、また宿主の免疫を介した"間接的な競争"が起きることもあります。これら競争の結果は、寄生虫の個体群動態、分布、さらには宿主の生態にまで影響している可能性があります。
私は、イワナに寄生するヤマメナガクビムシ類と淡水二枚貝であるカワシンジュガイ類幼生に着目して研究を進めています。日本のイワナ類には、ミヤマナガクビムシ Salmincola markewitschi とオショロコマナガクビムシSalmincola edwardsiiの2種が寄生しており、それぞれ口腔と鰓に主に寄生します。またカワシンジュガイの仲間であるコガタカワシンジュガイは、短期間ではありますが、イワナ類の鰓に寄生します。
私たちの調査により、これら3種は北海道の一部地域では同所的に生息し、さらには同時に宿主に寄生することがわかってきています。こうした同時寄生ではどのような相互作用が起きているのか、そしてこれら相互作用が宿主であるイワナにどのような影響を及ぼすのか、調べている最中です。
オショロコマの鰓に寄生するオショロコマナガクビムシ
イワナの鰓に寄生するコガタカワシンジュガイ幼生
随時更新していきます!